平成28年 檜枝岐歌舞伎 片品村・檜枝岐村友好公演 本番当日

平成28年 檜枝岐歌舞伎 片品村・檜枝岐村友好公演 本番当日

本番の日がやってまいりました。檜枝岐の舞台奥の楽屋と違い広くゆったりしていたため、普段は中に入って写真を撮っていいと言われても遠慮していたのですが、この日は気にせず楽屋に突入しました。

エディーマーフィー張りの素敵な笑顔で歓談しつつ鬘のお手入れ。同じ鬘を同じ役者が付けた場合でも僅かな馴染み具合の違いで印象がかなり違ってくるためとても重要な役割です。女性用の鬘は特に大事です。

もちろん化粧も大事です!

普段から道具の手入れを怠ることはありませんが、代々伝わってきた骨董品が多いため劣化や汚れも相応にあり、少しでも気がついた事があれば本番前でも時間が許す限り手直しをします。

本番前に座長と談笑する室井大夫。午前と午後で二幕の三味線弾き語りをこなすとてもハードな一日です。

化粧が終わり、衣装も整ってきました。まだ本番も始まっていませんが、ここまででも大勢の裏方と労力を要します。

三番叟の準備もそろそろ整い始めてきた頃。

葛西アナウンサーがいらして物語の解説をしてくれました。

真ん中の方は歌舞伎の前に上演された檜枝岐歌舞伎のドキュメンタリー映画「やるべぇや」の安孫子亘監督です。

舞台清めの三番叟、公演の無事を祈り檜枝岐歌舞伎では本番前に必ず演じられます。

本日一幕目、鎌倉三大記 三浦別れの段

片品村公演開催にあたり、檜枝岐村に保存されている十一演目の中から少しでも群馬県と片品村に所縁のあるものをと三浦別れの段が選定されました。

江戸時代に同時代の模様を演ずる事は御法度とされていたため、大坂落城をモデルに作られた三浦別れの段では、登場人物の名前を木村重成⇒三浦之助、真田幸村⇒佐々木高綱、などとし、時代背景を大阪落城の頃から鎌倉時代に移し替え演じられてきました。

そうしたことから今回、現在テレビで放映中の真田丸に因んで群馬県と片品村に所縁のある三浦別れの段が選ばれました。

歌舞伎では八重垣姫と雪姫と並び、三姫と言われている時姫。檜枝岐歌舞伎では唯一、三姫が登場するのは三浦別れの段のみです。

佐々木高綱の衣装に描かれている寛永通宝、真田家の家紋は六文銭で、そして寛永通宝は江戸時代の通貨であり鎌倉時代には存在しません。江戸の庶民たちはこの衣装を見て物語の背景について察していました。

午前の部が終了しました。

三番叟の出来がその日の舞台の良し悪しを左右すると言われるほど、檜枝岐歌舞伎では重要視されています。

午後の部の演目は、一谷嫩軍記 熊谷陣屋の段。檜枝岐に保存されている十一演目の中にある須磨浦の段の続きにあたる物語で、源平合戦の一部を切り取った内容で、細かい仕掛けが随所に施さ れた見ごたえのある舞台です。

前半は、戦場へ赴いた我が子を案じて陣屋を訪ねて来た妻の相模、そこへ義経の家臣である旦那の直実が戻ってくるところから物 語は始まります。

平家落人伝説が残る檜枝岐の人々が、源平の戦いに敗れ平家が滅びゆく様を演じる姿を見るのは、なんとも複雑な心境であります。

前半から後半に話が進むにつれて、登場人物が徐々に増え、舞台を埋めて行きます。熊谷陣屋は視覚的にも楽しみやすいです。

熊谷陣屋に限った話ではありませんが、一時間程の話の中身や、舞台のちょっとした小道具などにも物語に因む沢山の仕掛けが施されており、内容を知れば知るほど楽しめるのが歌舞伎の魅力です。

役者が揃い物語は佳境へ。

幕切れに登場人物がずらりと並んだ場面は古典の作法を代々守り続けてきた檜枝岐歌舞伎ならではのシーンです。

二幕目が終了しました。このすぐ後休む間もなく、自分達の手で舞台を解体していきます。

何時間もかけて組み上げた舞台もですが・・・

解体する時は一時間もかかりません。

打ち上げの様子です、凄いものを見てしまいました。 今年最後の檜枝岐歌舞伎公演お疲れさまでした!もう、なにも言う事はありません・・・

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