尾瀬開山②

燧信仰

明治23年、平野長蔵が燧ケ岳への敬神愛国のため、自らが感動した尾瀬の自然信仰の為に尾瀬沼南岸のオンダシに行人小屋を建てました。燧ケ岳を参拝する登山者に白い着物を着せ六角の杖を持たせ登らせていたそうです。それを目にした村人には少し可笑しな光景に見えたようです。この明治二十三年が尾瀬沼開山とされました。

それから4年後の明治27年、長蔵と山の恵みを糧とする猟師など村人との間に諍いがあり、長蔵は山を降りたました。

当時の村人は尾瀬や燧ケ岳が信仰の地となってしまった場合、そこに住む生き物をとる事が出来なくなってしまうのではないかと考えたようです。

この尾瀬開山より遡ること一年前、明治22年8月10日に長蔵は仲間たちと共に燧ケ岳に石の祠を担ぎあげ燧ケ岳を開山しました。